こんちは!
旅3年目、もう32歳にもなるのに、未だに色んなことにイライラしちゃう心のちっちゃいyuです。
31歳の目標は『自力で蓄膿症を治す』だったんだけど、
・ヨガ&瞑想
・茶&スパイス
・ベジ生活
・固定概念剥がし
・筋トレ(姿勢改善)
etc…
で、鼻の奥から自然と膿が出てくるという感動体験を初めてした年だった。
(詳しいことは31歳の目標:蓄膿症による呼吸性嗅覚障害を自力で治す!見てね。)
今までの常識とは何だったのか。
物理的な面もそうだけど、メンタルもかなり見つめ直した1年。
今では多少、鼻が利く。
紛れも無い進歩。
(今は中南米の肉食文化により退化中。。)
英語で不自由を感じることも減ってきて、スペイン語も順調に習得し始めて、ヨガ瞑想の仕方も整ってたのもあって、
過去に固執しちゃう人間にしては珍しく、何だか悔いのない1年だった実感のある31歳。
旅って人を成長させる。
「なんか人間になってきたよね」
って嫁にもよく褒められるし、
3年目にしてようやく、「広い世界を見るのだ」っていう、出発前にしたいって思ってた旅が出来るようになってきたのかな。
けど、まだ自分の思い描いていた大人になるためには全然足りない。
人を羨ましく思ったり、小さいことでイライラしちゃったり、人の旅の仕方に疑問を感じちゃったり、
それを「エゴ」って客観してやり過ごすことも出来る。
社会的評価を求めたり、SNSの数字を気にしたり、お金を気にしたり、
そうゆう欲が満たされてれば、「エゴ」を客観してやり過ごす余裕も生まれる。
けど、今年からはちょっと見方を変えてみようかなって。
31年間の脳の使い方が癖になっちゃってるから難しいけど、
自分の心は実際どう感じてるのか、説明のつかない領域をひとつひとつ感じてみようと思う。
誰かが羨ましいと思う自分になるんじゃなく。
今までの常識と世界を照らし合わせる旅をするんじゃなく。
周りの評価とかお金とかの基準じゃなくて、自分の心が喜ぶ瞬間を見つめていきたい。
新しいものを目の前にした時、今までの経験からそれを判断するんじゃなくって、その瞬間心がどう反応してるのかを大事にしたい。
旅に出る前の自分は「エゴ」をただ無視する余裕があっただけだったのかもしれないなって。
芸術的なアーティストだったり、自分の世界観を持ってる人だったり、この人すげぇって感じちゃう人だったり、
どうしたらそんな風になれるんだろうってよく考えてたんだけど、
瞑想してたらふと『自分になる』っていう言葉が降りてきた。
そうしたらきっと、
色んなことをちゃんと受け止められて、
そうしたらやっと、
色んなことにちゃんと興味を持てる気がする。
人とか社会とか、国とかお金とか、常識とか非常識とか、
今の世の中には色んな物差しがあって便利だけど、
自分自身っていう物差しを失ってた気がする。
俺、小学生の時までは絵をすごく自由に描けてたんだよね。
次に描く線とか、次に塗る色とかが、そこにあるのが当たり前かのように見えてた。
世界のパワーを借りて、いつしか失っちゃってたその感覚を取り戻せる1年にしたい。
自分じゃない物差しを持ち出し始めた時の自分に、いつもストップかけてくれる嫁にも感謝。
2018年はちょっとしたチャレンジも控えてるので、
社会復帰するのはまだまだ先になりそうです笑